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EUROPE 旅行記

2006 年 2 月 13 日から 1 週間、ドイツ、スイス、フランスをメインとした旅行に行きました。そのレポです。( 前の状態から現デザインにコンバートするの、マジに疲れた。 )

Schedule

1 日目 - 成田 → 出国 篇 -
2 日目 - 聖地ドイツ初日 篇 -
3 日目 - 聖地ドイツ古城 篇 -
4 日目 - スイス登山列車 標高3000m 篇 -
5 日目 - フランス 観光地 疾走巡り 篇 -
6 日目 - フランス 恐怖の自由行動 篇 -
7 日目 - フランス Place Vendome → イギリス 篇 -

1 日目 - 成田 → 出国 篇 -
朝 5 時、成田行き 5 時 45 分発のリムジンバスに乗る為に駅に向かう。コンビニで軽めの朝食を購入し、待つこと数十分。盟友の やっさん、某ヒ○シ と合流。時を同じくしてバスが到着、便所に近い最後尾に乗り込む。高鳴る緊張感を保ちつつも MANOWAR / Hail And Kill を聴きながらウトウト・・・。次の駅で ポトス も合流し、成田へ。第 2 ターミナルへと乗り込んだ我ら "隠れメタラー小隊" は海外でも使える携帯電話をレンタルすべく、そのインフォメーションを探す。そして、日本円約 ¥50,000 をユーロに変換し、ツアーで指定された集合場所で人間観察。同じツアーに同行する他のグループを見ながら、「 女の子のレベルがどーたらこーたら 」 なんて話しながらもさっさと荷物を預けてロビーへ。ロビーの巨大な液晶テレビを観ながら待つ。時間が来たので母国へしばしの別れを告げたのち、機内へと乗り込む。
空の旅 全日空、Frankfurt 行きの機内。パンフを見るとゲームに "ストリートファイターII" の文字。「 ブランカとザンギエフでどっちが先に全クリするか勝負しようぜ 」 なんて話したが、マシンが対応してなくて萎え。
席が隣だったやっさんはひたすら映画を観たりトリビアの泉のビデオを観たりしている。全く会話がなく同じニュースを流しているのにも飽きた俺は "男はつらいよ" を観始めたが、あまりにもつまらなかったのかそのまま ( 画面つけっぱなしで ) 眠りについた 。
Heppenheim の旧市街 ドイツ・フランクフルト空港着後、現地のバスに乗り込み、Heidelberg 近郊の Heppenheim へ。
宿に着くと "夕食は各自とる" との話を聞き、パパッと荷物をまとめ、夜の街へ繰り出す。外は ( 写真の様 ) な中世の匂いを醸し出す建造物が多く、その様式美に目を奪われる。途中、こじんまりしたレストランを見つけるも、初ドイツのプレッシャーと言葉の壁 ( 外の看板メニューになんて書いてあるか読めないし・・・ ) による不安を隠し切れない我ら一行。その日の夕食は諦めて帰ることにした。
ハーメルンの笛吹きランターン 旧市街で見かけた "ハーメルンの笛吹き男" が描かれたランターン。
実はこの後、これ系のランターンが気に入っちゃって、いろいろな所で ランプ or ランターン を撮りまくっていた。
でも、一番いいのは最初のこのランターンだな。
ユーロ ポトスと某ヒ○シは宿でミネラルウォーターを買い、ユーロ紙幣をコイン化。
俺とやっさんはホテルのバーでカウボーイ風ファッションのバス運転手 ( 通称ボブ ) とビールを交わした。ボブは日本語も結構話せたが、メインは英語。多分 20% くらいは通じてたはず (笑) 何故か Oh, my God! 連呼されたけど・・・。話した内容は、年齢とか職業とか、そういうごく簡単なものだった。酒のおかげもあり、その後すぐに就寝。
旧市街写真 : ( 旧市街 2 ) ( 旧市街 3 ) ( 旧市街 4 ) ( 旧市街 5 )


2 日目 - 聖地ドイツ初日 篇 -
朝 6:25 のモーニングコール前に余裕の起床。流石ドイツ、朝食からパン・ハム・ソーセージのヘヴィメニュー。まぁ問題なく食す。昨日と同じバスに乗って Heidelberg 市内へ。よく見たらバスがメルセデスで 「あぁドイツだなぁ」 と。
Heppenheim 城からの景色 ハイデルベルク城からネッカー河に架かる橋を堪能。これ、東京タワーとかから観た景色とは雲泥の差。中世の建造物と民家が完璧に調和してて、美しいのなんのってねぇ。これぞ様式美。この後もいろんな街を観たけど、ここが一番印象に残ってるな。
近くには大学があったようでチャリンコの学生が大量。どこの国も学生は金がないのね・・・と思うも、変なおっさんとかもチャリンコなんでこの町自体車が少ない町なのかと思ったです、はい。
HardRock Cafe ハイデルベルクを後にして "中世の宝石箱" とも言われる Rothenburg へ。ゴシック建築とルネッサンスが混同する美しい建物 "市庁舎" 、2つの塔がなんとも雄大な "ヤコブ教会" "ブルグ公園" など素晴らしい建物を観たが、どうも記憶が・・・(笑) HR/HMファンとしては Heidelberg で見つけた "HardRock Cafe" が超印象的に記憶に残っちゃってます。ちょっと感動すらしたしね。そうそう、確かこの HRC の合い向かいの店でアイスワインの試飲をしたんだけど、俺には甘すぎたんだよな〜。
昼飯を摂った店 (だったと思う)。 ( どんな場所だったか忘れたけど ) 昼食に魚料理を食べた後、南ドイツの経済中心地 Mnchen へ。
ここはもう、車の通りが凄いのなんの。ってそれは俺が田舎に住んでるから思う事かもしれないな。
夕食は 100 年以上の歴史があるというビアホールへ。独特の香りがする "白ビール" を飲むも、これまた口に合わず。やっさんは「 美味い。これは持って帰れないのか? 」と聞いていたが、無理でした。残念。ここで出た "キャベツの酢漬け" は最悪だった・・・。
HardRock Store ドイツ 2 度目の "Hard Rock Cafe" 。
しかもその隣には "Hard Rock Store" 。
これはもう神の導きだろ ( 笑 ) 。
てか、歴史あるビアホールの前でこの看板を見て騒いでる俺らって・・・。てか、開いてなかったんだよね。まったくもって残念だ。しかも、この看板を観た俺らの反応 「 うぉぉぉ!あれはまさか Kai Hansen !!!?? 」 だしなぁ。
もし開いてたら 100% 入っていたな。
でも、何が売ってるんだろ、気になる。
ビアホールから徒歩で2日目のホテルへ。流石に水以外の飲み物が欲しくなってきたため、近くのガソリンスタンドでミネラルウォーターとジンジャエール、ポテチを購入。ヨーロッパではコンビニの文化はないが、コンビニと同じような店としてガソリンスタンドが利用されているようだ。少しは変わった味がするのかと思ったが、ジンジャエールもポテチも日本のソレと全く変わりない味だった。もっと変わったものを買ってみればよかったのかもしれないな。ネタとして。まぁ初フリーでの買い物だし、変なものは買う気になれなかったんだろう。日本食とはかけ離れた食生活になってるので、胃の調子が悪かったが、この日も気持ちよく?就寝。
Heidelberg : ( 時計塔 ) ( 土産屋 )  Mnchen : ( 宿 ) ( HardRock Store )


3 日目 - 聖地ドイツ古城 篇 -
ホーエンシュバンガウ城 Mnchen を発ち、Hohenschwangau へ。日本人がやっているという店で休憩を取った後 "白鳥城" ノイシュバンシュタイン城へ足を進める。左は、その途中で見たホーエンシュバンガウ城だが、こんなところに住んでみたいと思わせる素晴らしいデザインだ。俺としては有名なノイシュバンシュタインよりもこっちを観たかったな。そういえば、この城はノイシュバンシュタイン城を立てた人の親父さんの城だそうな。

( ホーエンシュバンガウ城 : 写真 2 )
ノイシュバンシュタイン城 通称:白鳥城。世界で一番有名な城なんじゃないか ?
城の中に入ると何か小型の通信機を持った係員がスピーカーに流れる言語の捜査を行っていて、そのおかげか懐かしき日本語での説明が流れ出した。(ちょっとイントネーションが変だったケド) ・・・世の中便利になったもんだ。てか、思ったほど綺麗じゃないような気がしたのは気のせいか。下の写真を見るとねぇ・・・。

( ノイシュバンシュタイン城 : 写真 2 )
おっちゃん 城の見物が終わり、バスへと帰ると、"バスがないっ!" ボブが集合時間を間違えて覚えてしまっていたようで出発が遅れてしまった。その間、雪の積もる中待たされていたが、その間に素晴らしい写真を撮る事が出来た。素晴らしいと言ってもただ、他のツアーのバスの運転手を撮っただけだけどね。とにかく、リアルで彼を見たらシャッターをきらずにはいられないな。隠し撮りじゃないっすよ、ははは。それにしても、この手の有名どころは観光客多すぎて "海外にいる気分" じゃなかったな。
リヒテンシュタインで見た馬の像 ボブが到着後、切手小国リヒテンシュタイン、オーストリアを経由しスイス国境を越えたのち Interlaken へ。土産屋で EURO を CHF ( スイスフラン ) に変える。俺は面倒だったので変えなかったけど、後で買い物したらおつりがスイスフランで返ってきたので結局変えたようなものだった・・・。昼食に "やけに甘くて美味しくないモロタイ米カレー" をとり宿へ向かう。
あれ、昼食の後に国境越えだっけか?
うーむ、記憶が・・・・・・。
スイスで有名なアーミーナイフや高級時計を見る時間があったんだけど、それらにまったく興味がない ( と言うよりもウィンドウショッピングする気力がなかった ) 俺はさっさと宿へ向かう。で、宿だが、狭い。とにかく狭い。スーツケースを広げるスペースがない。それがスイスホテル事情らしいが、なんだかなぁ。就寝前に MTV を見て 「 メタルやらねぇなぁ・・・ 」とか言ってると IRON MAIDEN 登場。おかげで気持ちよく爆睡。そういえば、夕食のフォンデュだけど、チーズフォンデュじゃなくてミートフォンデュだったので安心して食べれた。ひじょーに助かったわ。


4 日目 - スイス登山列車 標高3000m 篇 -
起床時間 5:30 。早い。早すぎる。老人並みの BPM じゃぁないか!なんて思いつつも起きる。こういう旅にもなると早く起きれるものなのか。朝食は、すでに恒例と化した硬いパン。このころから日本食 ( 特に納豆 ) が恋しくなってくる。朝食を頂いたあと、バゲージダウンを済ませて登山列車に乗る。そう、スイスアルプス 3454m に登るのだ。座っているのが辛くなる椅子に座り、揺られること数十分。ユングフラウゴッホに到着。そしてクライネシャイデックから山の頂上へ。
3454m 付近の施設。 気温氷点下・吹雪・寒い。ハンパなく寒い。頂上のスペースはごくわずかだ。1度外に出てから、再び俺たちは人がいなくなるのを待って山頂への扉を開けた。そして叫ぶ。「 アーラーイ !!! サンダースティーール !!! スティーーール !!! メタァァァァル !!! 」これぞメタラー。吹雪で声はすぐに掻き消されてしまうが、魂の限りシャウトした。頂上では写真を撮るどころじゃないほどの吹雪だったので写真はなし。
ちなみに、下の階には右のようなポストがあり、ここに投函する事によって日本へ手紙を送れるらしい。
Ice Eagle Fly Free 頂上シャウトを終えて 10 分くらい歩いた先にある氷河のトンネルへ。俺はスピードスケートのようなフォームでスイスイ滑っていたが、途中思いっきりコケた。つか、手すりとかないし。しかも滑って立ち上がれなくて・・・。まぁ、その様子は想像して楽しんでください。
トンネルの中には様々な氷の彫刻があった ( 雪だるまとか熊とか ) が、右下の写真のアイスイーグルが特に気にいったよ。PRIMAL FEAR のイーグルを彷彿とさせるね。その後、ロビー ( ポストのとこ ) に戻って休む。
雪原。 頂上施設を降りて ( またもやマズイ・・・ ) 昼食を食べ、土産屋とかを歩き回るが、他で見たようなモノばかりだったので、外で一服。そして俺はここで劇的なネタを撮ることを思いついた。
昼食を食ったレストランのおばちゃんがこの雪山で半袖一枚だったのだ、おばちゃんに出来て俺に出来ないわけがない。やるなら今しかないっ! と思った俺は、やっさんにダウンジャケットとセーターを持ってもらい、半袖になったのだった。
Majesty Of The Metaler. そして、伝説へ・・・。
あんま寒くなかったんだよねー。
寒さに慣れたんだか、結構余裕だったよ。
氷点下の中 ( しかもスイス・アルプスの標高 3000m 付近で ) 、余分な服を脱ぎ捨てて天へとメロイック・サインを掲げる・・・。これぞ、これぞ METAL !!!
・・・世界初の氷点下半袖日本人メタラーだな ( 馬鹿 ) そしてきっと、日本人の中で最も高いところでメロイック・サインを掲げたんじゃないか? 俺。
雪山。 我が超人的な肉体を世界のメタラー達に (違) 晒した後、下りの登山列車に乗り、( 何したか忘れたけど ) グリンデルワイドに立ち寄って、Geneve へ。帰りの登山列車から見た山は、太陽が顔を出してくれたおかげか、素晴らしい眺めだった。緑の豊かな夏や秋でも素晴らしい景色が見れそうだが、この雪化粧された山も見事だ。そういえば、登山列車、上りも下りも急で座ってるだけでも疲れたっけ。

雪山 : ( 写真 2 )
幻想的な湖 ジュネーブでの宿へ向かう途中で見た湖。神がかった蒼さ。沖縄の海を彷彿とさせる色だなこりゃ。湖に山が写っているのも凄く綺麗じゃない。移動中のバスの中からだからあんまり上手く撮れてないけどね。
宿に着くと、そこは怪しい店が立ち並ぶ歓楽街。格安だからってこんなトコかよ・・・。パツキンでフェロモンムンムンのケバケバお姉ちゃんと目が合ったが無視。
この日は、長時間移動だったし疲れていたので速攻寝た。どんな宿だったかも、忘れた・・・。


5 日目 - フランス 観光地 疾走巡り 篇 -
ボブとの再開を誓って・・・ ジュネーブからフランス国境を越える為に朝早くから TGV ( 日本で言う JR みたいなものらしい。 ) に乗る。バスの運転手 カウボーイ "Thunder" ボブ ともここでお別れだ。そこで、記念に一枚撮らせてもらった。左は俺。右はやっさんだ。( 顔は修正したけど、なんとなく判るな。 ) その後、30分程電車を待つ。ちなみに、乗ったのは 7:51 分の パリ行き。車両に乗る前に国境で持ち物検査とかがあったな。

TGV 駅 : ( 時刻表 )
朝食 朝食。朝早かったもんだから宿が用意してくれたモノ。
そう、毎日こういうパンなんだ。胃がおかしくなるっての。やってられっか。米を出せ。米を。
大半のヤツはこのリンゴ ( ・・・これ、リンゴね ) を皮ごと丸かじりしていたが、結構ヌメってたんで、俺はパンを切る様のナイフで皮をむいて食べた。スイスの農薬事情がどんなもんかは知らんが、まったく注意しないよりは手が汚れた方がマシだからな。
それにしても、次は必ず米を持参しなければならんな・・・。
エッフェル塔 + 某ヒ○シ + やっさん 電車に揺られて約 3 時間半 ( 3時間ずぅ〜と電柱の数を数えてたよ・・・ ) 。やっとこパリに到着。到着したと思いきや、なんと半日で主要観光スポットをほぼ観てしまおうというなんとも疾走メロスピのようなスケジュール。そのほとんどがバスの車窓から見たものだったので、写真は少ない。右はエッフェル塔。堂々としてるな。流石パリのシンボル。塔だけでなく、ここから見えるパリの町並みも相当素晴らしいものだった。ちなみに、ここの広場にいたのは 20 分程度。まさに疾走スケジュールだ。
ミロのヴィーナス ルーブル美術館。定番の名作ルート (笑) 。ミロさんって撮影 OK なんだね。晒してもいいんだよな。これは、両手がいったいどんな形になっているのかを妄想するのが非常に楽しい。絵や写真で見るよりも実際本物を見ながら考える方が圧倒的にいい。
そういえば、この説明をしてくれた白髪おばちゃんは 「 S 字型の体のラインが美しい 」 とか言ってたな。まぁ美術品には人それぞれの見方ってもんがあるからね。"モナリザ" の時も意味不明な解説をしてたな。美術品ってのは、観た人がそれをどう感じるか、だよな。
「 とりあえず有名なのだけ観とけ 」 っていうのは間違ってるよ。ってわけで案内を無視して好き勝手に鑑賞してました。

サモトラケの : ( ニケ ) ← Angra 1st のジャケの元ネタ?
ルーブル : ( 外観 1 ) ( 外観 2 )  ( 外観 3 )
裁判所 : ( 外観 )
サモウライ 夕食を食ったレストラン ( この日の夕食は自由だった ) 。サモウライ。きっと "サムライ" なんだろうケド。フランス語だとサモウライなのか?日本食レストランだし、日本語話せる人がいるだろう・・・という憶測で入ったがいなかった。( 店員の見た目はモロ日本人 ) 俺は鉄火丼を頼んだが、タイ米でマズッ。会計に戸惑っていたが、ジャンケンで見事に負けた俺が払うことに。何とか英語が通じたのでヨカッタ。
不味かったとはいえ、ここで米を食わなかったら発狂していたかもしれないな (笑)
記念にサモウライのハシ袋を頂いた。裏にはハシの丁寧な持ち方の解説が載っている。・・・その後、部屋に戻ってしばしの休憩。そして、6日目の自由行動の為のプランを時間と移動距離などを考慮して作った。ここまで念入りにスケジュールを組むのは初めてだったかもしれん。しかし、おかげで完璧とも言えるプランが完成した。
翌日パリを出る ( ドビュッシーの生家に行く為 ) というプランの不安を隠しきれずに就寝。


6 日目 - フランス 恐怖の自由行動 篇 -
スケジュール
08:00 - 宿を出る
08:15 - メトロ7号線 La Coumeuve 8 Mai 1945 行きに乗車
08:20 - Chatelet → 徒歩で Saintechapelle へ
09:00 - Saintechapelle,Conciergerie を見学
10:10 - 徒歩で Chatelet les Halles へ
10:30 - RER A線に乗り Saintgermain へ
14:00 - 昼食 → Musee Debussy へ
14:30 - RER A線で Saintgermain → Auber
15:45 - Hausmann 通り ( Opera 座の北側 ) のデパートにてCD物色
17:00 - 時間があれば荷物を置きに宿へ一時帰宅
19:00 - Opera Garnier に集合 豪華ディナーへ
Saintechapelle 大聖堂 朝、多少の遅れがあったものの、時間通りに到着。Saintechapelle 大聖堂では、その豪勢なステンドグラスに魅了される。360度、どこを見ても美しく、気が休まらない程だ。次は Conciergerie 。
フランスの最も有名な裁判所であり、警備も厳重。よくある金属探知機でピコパコされた後中に入る。いやぁ、美しくも威厳のあるデザインに満足。オブジェもなんとなくカッコイイし。てか、入り口の警備員さん、まったりし過ぎ。警戒心の欠片もなかったぞ。
セーヌ川からの景色 キップ売り場でかなり混乱するも、何とか乗り込み、いくつか乗り継いで、パリの外へ。ドビュッシーの家は 2 時からだそうで、それまで時間を潰す事になった。CD ショップを見つけたが品揃えの悪さに落胆し、近くの公園へ。そこには、古代博物館があってやっさんと某ヒ○シは中を見学していた。( 俺はその辺をうろうろしてから椅子に座ってた。 ) その後、博物館の隣にあった公園でパリの絶景に酔う。写真がそれ。中世的な建造物の中心に広がる近代建造物。まさに過去と未来が融合したかのような景色だ。
ドビュッシー御大像 ポトスが2chで入手したというメモに従って進むが発見できず。ぶらぶら歩いていると ( 結構な時間迷ってた ) 、日本食屋の看板が・・・。ついでに、その隣に地味〜にあったのがドビュッシーの家・・・。そのレストランで串焼きを平らげドビュ家に入る。事前の情報から、ドビュ家は10分もあれば見終わると聞いていたが、本当に数分で観終わった。そんで、また来た道を戻って駅へ向かう。

スケジュール通りオペラ座へ・・・。
サンジェルマン駅周辺 : ( 博物館 1 )  ( 博物館 2 )  ( 銅像 )  ( 公園 )  ( 教会 )
オペラ座内部 オペラ座に到着し、何十分もパリ市内を迷う。やっとこ見つけたデパートで土産を買おうと思ったら、ブランド物しか売ってない。しかたなく国際カウンターを探して、近辺に "フランスの典型的な土産屋" がないか聞くことに。カウンターを探し出したら、そこが土産屋だったので、適当に買い物を済ませる。一端宿へ帰ろうと思っていたが、なんと宿最寄の駅の名前をメモるのを忘れて、結局オペラ座で座り込む。・・・疲れてきたのでマクドナルドへ。夕飯の集合時間 19:30 までひたすら時間を潰した。15分前に再びオペラ座へ・・・。
オペラ座外観 豪華ディナーを食すためにオペラ座で待つ。ひたすら待つ。オペラ座の中に入ったり、外の夜景を楽しんだり、火星人を召喚しようとする怪しい集団を見かけたり・・・。 ( いや、ただ集団で円陣を組んでた人達がいただけだけど ) ツアー添乗員さんを隠し撮りしようとか、パツキンの美女はいないか・・・とか。豪華ディナーにチーズが出たらどうしようとか・・・。無駄話をしているうちに歩き出し、これまた結構な歴史のあるホテルのレストランへ向かう。
今思えばかなり待たされてたような。
フォアグラ 添乗員、Mr. "ハッシー" 橋場 に案内され、豪華ディナーを食う。前菜はフォアグラだ。事前に聞いた話では "日本で出るものとはレベル違う" らしい。確かにぜんぜん違った。美味い (初めて食ったヤツらは???な印象だったようだ) 。しかし、わが国最強の食物 "納豆" に敵なし。納豆最強伝説は崩れることはなかった。豪華ディナーを食って酒も入り、かつ疲れもたまっていたので、ホテル帰還後は速攻爆睡。メインとデザートの名前は忘れた。メインは確かキャビアが乗ってたのは憶えてるが・・・。
オペラ座 : ( ヘンデル )  ( 内装 )  ( ランターン )  ( 外観 )  ( ランターン 2 )  ( 町並み )


7 日目 - フランス Place Vendome → イギリス 篇 -
最終日。俺たち 4 人は 2 手に分かれて行動。俺とポトスは Place Vendôme へ。目的は勿論 Michael Kiske の唄う Place Vendôme を聴く為だ。
Place Vebdome 前日と同じようにメトロで Auber 駅まで向かい、徒歩でヴァンドーム広場を目指す。ただ緑色の塔に向かっていくだけだったので迷うことは皆無。( ホントに真っ直ぐ。 )
中に入る前にヴァンドーム広場に行った証となるものを探したが、看板とかそういうのは一切なくて写真の小さい標識だけだった。そんな有名な場所じゃないのかな?
途中通った道の店は ( 日曜だったからだろうが ) 殆ど休みだった。都市部も休むんだねー。ちょっとした土産店はやってたけどね。
Dawn of Place Vebdome 少々雨のちらつく中 ( しかも人が殆どいねぇ / 笑 ) 、爆音で Place Vendome / Place Vendome を聴く。日本人ファンがここまでやるとは Dennis Word も Michael Kiske も思わないだろう。
記念撮影を終えた後、時間が余ってしまった為、 Place de la Concorde へ。断頭台として知られ、マリー・アントワネットが処刑された有名な広場だ。コンコルドでは見るからに中世的な格好をした警官らしき人がいた。パッと見る限り、要人の護衛ってな感じだったな。しかも馬に乗ってるもんだから驚いたよ。あからさまにカメラを向けたらヤバそうだったんでそのままスルーした。あぁ、撮ればよかった。

ヴァンドーム広場 : ( )  ( 柱 全貌 )
コンコルド広場 : ( オベリスク )  ( 噴水? )  ( 神殿? )
マック・チキン 両広場を見た後、駅のあるオペラ座まで歩く。
結局、出発までの時間が余ってしまい、再びマックへ。これは万国共通だね。味も同じ。
なんでフランスに来てまで朝マックしなきゃならんのだ? と思うもののまたーり。注文時、店員がセットを進めてくれていたが、フランス語???だったので、面倒だから 「ノー」連呼ひたすら連呼。乗り切った (笑)
フランス人は "マック" なのか "マクド" なのか、どっちでもいいか。
昼のオペラ座 : ( オペラ座上部の像 )  ( 外観 )
フランス・メトロにも相当慣れたのか、余裕のホテル帰還。ロビーで同ツアーの人達と雑談しながら、帰りのバスを待つ。そして一路ブリティッシュミッドランド空港よりロンドンへ。「 ここが Rob Halford の故郷か! 」と感動するも空港外には出ず全日空を待ち、我らが母なる故郷 Japan へ。
母なる故郷 JAPAN 飛行機の上下運動に快感を覚えながらも帰国。
荷物を受け取り、旅の仲間達に別れを告げた。そして、
「 Yokoso ! Japan 」
の看板を見てやっとそこが日本であることを認知。帰りのリムジンバスを予約して、バスを待つ。
バスの中はほぼ睡眠状態で過ごし我が家へ・・・。
帰国後、ふと気付いたことが・・・スイスアルプスよりも日本のが寒い。盟友3人が言うには、"俺の部屋のが寒い" らしい。


終わりに - 回想 篇 -
添乗員:はっしー。 まず、旅の案内をしてくれた、添乗員のはっしー 橋場氏に感謝。左の絵は彼自身が書いた自画像だ。( 似てないけど。 ) 彼なしでは今回の旅はこれほどまでに楽しめなかっただろう。そして我が盟友 ポトス、某ヒ○シ、やっさんもだ。この旅は、学生時代を締めくくる旅としても良いものになったし、世界へ視野を広げる旅としても大きな財産となった。

- 回想 篇 -
今回の旅のおかげで "世界の車窓から" を観る度に感極まってしまう症候群になってしまった。Place Vendome を再生し、あの広場を思い出す。美しく統一された街並みや城の写真を見て目を瞑ると、この1週間の思い出が、まるで目の前の光景であるが如くに迫ってくる。・・・目を開き、窓の外を見、そして思う。「 再びあの地へ行かなければならない !!! 」 と。

できれば次は W.O.A がいいわけだが。いつになることやら・・・。